第9番長岩屋山天念寺

天念寺修正鬼会2

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天念寺後方の絶壁の岩場を古文書では龍門崫と呼んでいたそうで木彫仏が安置されていました。今は一尊もなく六郷満山の衰退とともに天念寺本堂に移されたそうです。平安時代から鎌倉時代にかけて制作された仏像が修験者の祈りの対象でもありました。国重文:阿弥陀如来像(鬼会の里に収蔵)本堂に県重文:釈迦如来像・吉祥天女像・日光・月光菩薩像が祀られています。1941年県下を襲った豪雨が上流の貯水池を決壊して氾濫し本堂・庫裡が押し流されました。当時の住職は寺院維持のため国宝指定の阿弥陀如来像を売却して寺院を再建したそうです。
本堂
 
昨日の続きです。

初夜  経が読まれ、二人の僧が太刀、鈴・香水棒を持って祭壇を3回まわります。

法咒師 太刀・鈴・香水棒を手にした僧が二人、仏に礼拝し、太刀を振りながら足を左右に踏み出して踊り、結界をする。

僧侶は盛装を解き、堂内の敷物も片付けられます。

米華 五穀豊穣を祈って香水棒を捧げ持ち、足踏みをして踊ります。

開白 五大龍王に松明の安全を祈願して、二人の僧が左手を腰に当て、右手の香水棒を上げ下げして踊ります。

香水 斎場の隅々まで浄める法舞ですが、仁聞菩薩と法蓮上人が滝に打たれて修行する姿を表したともいうそうです。会場の参加者も飛び入りで香水棒を持って踊りに挑戦します。
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四方固 二人の僧が太刀と鈴を手に四天王を奉請して四方を清め、結界をします。

鈴鬼 男と女の面をつけた2名の僧が、鈴とガラガラを持って踊ります。

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▲災払鬼(赤鬼) 愛染明王と法蓮上人の化身とされます
介錯たちと一緒に「ホーレンショウーヨ、ソリャオンニワヘ」(法蓮称揚それ鬼庭へ)と叫びながら、鬼と共に前飛び、横跳びを繰り返し、柱や長押を叩き、堂の外陣を巡る。

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荒鬼 不動明王・仁聞菩薩の化身とされます。
太刀と松明を手に赤鬼と共に堂内を巡ります。

鬼の目 「鬼の目」餅がまかれます。争乱状態になります。まかれた餅を拾った人は
「鬼さん目」と言って餅を見せびらかします。それを見物の人たちが争って奪い合い、餅は千切られていきます。
鬼は餅を持った人を追いかけ回して松明で叩く。「鬼の目」を拾ったり、松明で叩かれるとこの1年無病息災であると信じて、この荒々しい行事にハッスルします。

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堂の中心部に人々がしゃがみ、背中や腰に赤鬼・黒鬼が「ヤー」「オー」と掛け声をかけながら松明で叩いて加持をします。このあと介錯さんには「ビシッ」を音がするほど容赦なく叩きます。
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鬼後咒 院主が鬼を鎮める呪文を唱える儀式で鬼会は終わります。
▼神仏の化身である鬼は土を踏まないとされ、天念寺の鬼は堂外へ出ません。入るときも背追われて入ってきて帰るときも同じように背負われます。
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鬼さん、ご苦労様でした。

参考資料:『国東六郷満山霊場めぐり 宇佐神宮と三十三霊場巡拝の旅』渡辺克己著
   『祈りの原郷』高瀬美代子著

動画アップしました。nabana88でご覧下さい。


追記
『国東六郷満山霊場めぐり 宇佐神宮と三十三霊場巡拝の旅』渡辺克己著の長安寺の項には鬼会に纏わるこんなお話も載っていました。

むかし、修正鬼会を修したさい、荒鬼に扮した僧が、何かにつかれたようにこの石段をかけ降りたとたんに本物の鬼となって村へ走りだそうとしたので、カイシャク(介錯ー付添いの若者)が即座に首をはねたという伝承があります。鬼会の鬼は霊域より外に出てはならない掟があるのです。

外の書物を見てもあまり天念寺の六所権現さまについて触れていませんが、この天念寺では身濯神社という聞きなれない名前で親しまれています。川中に不動明王を水難除けに祀るのも身濯神社の大元の神の権化なのかもしれません。




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~ Comment ~

洪水で 

昭和16年の洪水は、伽藍も消失し残念ですわね。
川中不動も結局磨崖仏だけ残った感じですね。
当地のお隣、姶良市加治木町には「龍門滝」があります。
また、朝鮮の役で連れ帰った陶工の里「龍門司焼」もあります。
450年前の渡来です。ご苦労が偲ばれます。

大分市は竹細工の里として有名ですが
あれは逆に、隼人抗戦で大分へ連れ帰った人質(捕虜)
の結晶ですわね。
肝心の隼人では、全く姿を消してしまいましたもの。
そちらに残って好かったわ。

知りませんでした・・・ 

隼人と竹細工のこと考えたこともなかったです。
インターネットで検索しましたら
こんなことも書いていました。

別府の竹細工は、12代景行天皇が九州熊そ征伐の帰りに別府に立ち寄り、お供の膳伴(台所方)がこの地に多数生えているシノダケでメゴと呼ばれる茶碗籠をつくった。

景行天皇伝承といい、隼人といい、すごく歴史があったんですね。
教えていただいてありがとうございます。



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