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瀬織津姫神

大井川の神と綾戸國中神社

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『都名所図会』には京都嵐山を流れる大堰川について以下のように説明しています。

大堰川(桂川)の水上は北丹波より流れて、水尾川・清滝川に落ち合ひ、猿飛・竜門の滝・大瀬等の名ありて、あらし山を帯し、渡月橋を経て、末は梅津・桂の里のひがしを流れて淀川に落つる。
『拾遺集』
大井河川辺の松にこととはん かかる御幸やありしむかしも 貫之
色々の木の葉ながるる大井川 しもはかつらの紅葉とや見ん 忠岑
大堰川
▼渡月橋
渡月橋

大堰川にかかる渡月橋は、承和三年(836)に弘法大師の弟子の僧 道昌によって大堰川の修築が行われ、その時に架設されたのに始まると言われ千年以上の歴史を持つ由緒ある橋である。橋の南に法輪寺があったため、当時は「法輪寺橋」と称されており、渡月橋というのは、後に亀山上皇が東から西へ月が渡る様子を見て名付けたと言われている(案内板)。

渡月橋の北には、大堰川の守り神を祀る延喜式内社の大井神社があります。通り過ぎてしまいそうな路地裏の狭い敷地にある小さな社が大井神社です。
▼大井神社
大井神社

 御祭神 宇賀霊神 
大堰川の守り神、また商売繁盛の神として古来住民や秦氏や角倉氏の信仰も厚いものがあった。創立年月は不詳とするも「三代実録」などに見えるとあり、明治十年には村社へ列格され、現在に至る(案内板より)。平成祭データでは、大井神社のご祭神を宇賀霊神 大綾津日神、大直日神、神直日神と記しています。

松尾大社の伝承では、秦氏が桂川に堤防を築き、「渡月橋」のやや少し上流に大きな堰(せき=大堰→大井という起源)を作り、その下流にも所々に水を堰き止めて、そこから水路を走らせ、桂川両岸の荒野を農耕地へと開発して行ったとのことです。

秦氏の信仰も気になるところですが・・・。

祇園祭の関連で大切な伝承を持つ古社の綾戸國中神社があります。神社でいただいた由緒を読んでみます。

京都市南区久世上久世町にある式内社の綾戸國中神社は、以前、大井社と呼ばれていました。
昔は綾戸宮と國中宮の二社であったが現在では合祀され左に綾戸宮が、右に國中宮が鎮座されている。

御祭神 綾戸宮 大綾津日神、大直日神、神直日神
      國中宮 素盞鳴尊

例祭日 5月巳日 (現在では第二日曜日)
▼綾戸國中神社
綾戸國中神社1

社伝によれば、第二十六代継体天皇十五年(521)に大堰川(桂川)七瀬の祓神として大井社と称して創建され、その後第六十二代村上天皇天暦九年(965)に綾戸社に改称された。社号の額は第七十代後冷泉帝の御宸筆と伝えられている。
國中社は山城の地西の岡訓世がまだ一面湖水の時、素盞鳴尊が天から降り給い水を切流し土地を開いて広々とした平野とされ、その國の中心と思われる所に「符」を遣わし給うた。その「符」とは素盞鳴尊の愛馬天幸駒の頭を自ら彫刻して新羅に渡海する前に形見として遣わし給うたのである。この形見「符」が國中社の御神体である。(中略)日本三大祭のひとつである祇園祭に欠かせないものとして綾戸國中神社の「久世駒形稚児」がある。
▼駒形絵馬
綾戸國中神社駒形

この「駒形稚児」と祇園祭との関係は、素盞鳴尊「國中神社は尊の荒御魂なり。八坂郷祇園社は和御魂なり。依って一体にして二神、二神にして一体で神秘の極みなり。」また、「訓世の駒形稚児の到着なくば、御神輿は八坂神社から一歩も動かすことならぬ。若しこの駒故なくして御滞りあるときは必ず疫病流り人々大いに悩む。」と伝えられている。前述の由来にて駒形稚児はこの駒形を奉持することで神位つまり神そのものとされ、八坂神社境内を南楼門より騎馬のまま参入し拝殿を三巡の後一歩も地を踏むことなく本殿に昇殿し祭典に臨むのである。そして神輿祭、還幸祭では中御座神輿(素盞鳴尊)の先導をつとめるのである。  

『都名所図会』にも綾戸社(あやとのやしろ)は蔵王堂の南にあり。牛頭天皇を祭れるなり(例祭は4月19日なり。六月祇園会祭礼に、馬の頭(かしら)を首にかけて、児(ちご)の騎馬にて当社より毎歳出づるなり)。と書かれています。
▼拝殿
綾戸國中神社拝殿
▼拝殿中
綾戸國中神社2
▼本殿
綾戸國中神社本殿

綾戸社は以前は大井社と呼ばれており、七瀬の祓神を祀り、國中社は駒形の木像(頭部)がご神体で八坂神社の祇園祭は、「久世駒形稚児」の到着から始まることや國中神社は素盞鳴尊の荒御魂を祀っているとのこと等、興味深い由緒が語れていました。
 
ご祭神の大綾津日神は壱岐国神社誌(大正十五年)では、此の神は八十枉津日神の御一名也とあります。また、「神別記」には八十枉津日神・大綾津日神 此の二柱神ハ、初於中瀬、潜滌之時、所成之神。此二神ハ、瀬織津姫之別稱との記載があります。大井川の川神を瀬織津姫の異称とすると綾戸國中神社の創建が521年とのことですから、中臣朝臣金連が瀬田川のそばの佐久奈度神社に瀬織津姫神を祀り祓戸大神とするより、はるか前、七瀬の祓神として大綾津日神という異称祭祀ではありますが、瀬織津姫神が大井川の守り神として祭祀されていたことになります。大分県中津市の瀬織津姫神を祀る闇無浜神社でも七瀬の祓が行われていたと「闇無浜神社由緒と歴史」に記されていました。同由緒には「所謂七瀬は、中津瀬廣津瀬瀧津瀬鵜来津瀬熊津瀬大之瀬廣瀬以上七箇瀬なり。瀬毎に川社を造り八座置(やくらおき)の神檀を構へ、神供幣帛を兼備して、一箇瀬に神官十二人宛六箇瀬これに同じ。七瀬の内、中津瀬を以て本處と為す」とあります。以前は大井神社も瀬ごとに川社があったのかもしれません。もう一つの大井神社(並河)では出雲より来り給う二神が松尾大社から鯉に乗り移り当地に鎮座された。と伝えています。

八坂神社は古くは祇園社、または祇園感神院と称し、八坂神社と称するようになったのは明治維新の時からです。鎮座の年代は諸説ありますが、社伝によれば、斉明天皇の二年(656)とされています。祇園祭は、都に疫病が流行した際、これを怨霊の祟りによるものと信ぜられ、その退散を祈った御霊会に発し、貞観十一年(869)六月七日神泉苑に六十六本の鉾を立て、十四日洛中の男子が祇園社の神輿を神泉苑に送ったに始まるとされています。(「祇園社と町衆の形成」真弓常忠著)。

この祇園祭の山鉾に天照大神を男神像として奉斎するのが、岩戸山です。
▼岩戸山鉾
岩戸山
▼岩戸山鉾案内板
岩戸山2

『円空と瀬織津姫』菊池展明著の上巻で現在、円空が天照大神を男神として彫ったのは八体が確認されていると書かれています。『円空佛』五来重著を引用して天照大神を男神としてあらわすのは、祇園祭の鉾人形しかしらない。円空が天照皇大神を男神として彫ったことについて、五来氏は「論外」「恣意独善」だという。と書かれていました。

 いつか自分の目で天照大神の男神像を見てみたいという願いが今年、叶いました。
岩戸山の天照大神像を写すことはできませんでしたが、確かに男神でした。「都名所図会」にも天照をテンショウとルビがあり、「祇園会細記」にも岩戸山の絵図には、テンショウ大神と記されています。伊勢のアマテラス神とは異なる日神の男神をテンショウさん、またはアマテルさんと呼んでいた神像を祇園祭の岩戸山鉾で観ることができます。
『神道大系』神社編 祇園より
岩戸山4
▼中央が天照大神像(岩戸山鉾でいただいたパンプレットより)、実物はもっと若くてハンサムでした^^
岩戸山祇園

また、『円空と瀬織津姫』下巻では、円空が牛頭天皇像を女神像として彫ったことを紹介しています。『記紀』神話では、荒ぶる神、出雲神話では八岐大蛇を退治した英雄素盞鳴尊ですが、研究者の中には、素盞鳴尊を月神や農耕神として考察されている方もおいでです。
綾戸國中神社の「久世駒形稚児」の駒形ですが、八坂神社の深い信仰に関わる駒形かどうか定かではありませんが、駒形大神という名で記憶に残っています。

『円空と瀬織津姫』の著者菊池展明氏は、岩手県遠野郷においては瀬織津姫神を「早池峯山駒形大神」との異称があると伝えていました。




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~ Comment ~

Re: ありがとうございます。 

sazanamijiro 様

コンメントをいただき、ありがとうございます。

大井神の女神様も「早くおいでー」って云われているかもしれませんね^^



NoTitle 

私は松尾大社の氏子で、嵐山の下流で泳いでいた子どもですが、地元にもかかわらず大井神社に行ったことがない事実が判明。
早いうちに参拝します(^^♪

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