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瀬織津姫神

琵琶湖の水神と不忍池

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 竹生島宝厳寺は、神亀元年(724年)聖武天皇が、夢枕に立った天照皇大神より「江州の湖中に小島がある。その島は弁才天の聖地であるから、寺院を建立せよ。すれば、国家泰平、五穀豊穣、万民豊楽となるであろう」というお告げを受け、僧行基を勅使としてつかわし、堂塔を開基させたのが始まりです。(HP宝厳寺いわれより)
観光案内図
▼竹生島
竹生島2

『円空と瀬織津姫』下巻 菊池展明著には琵琶湖の水神と大祓-伊吹山・三井寺の箇所で竹生島のことに触れて
竹生島は「伊吹山と浅井丘が高さを競い合ったが浅井岳が一夜にして高さを増したため、夷服神が怒って浅井(岳)比咩命の頸(頭)を切ったところ、その頸は江嶋となった。」という伝説を紹介しています。
また、浅井丘が、小谷城があった小谷山ではないかとペンを進めます。小谷山=浅井丘にはかって浅井姫がいて、それが、竹生島の神になったのではないか・・と。
▼宝厳寺
宝厳寺2

宝厳寺1
▼弁財天像(本尊の弁財天は江戸時代まで島の東側の弁財天社(現、都久夫須麻神社本殿)に安置されていました)
弁財天
▼都久夫須麻神社
竹生島画像jpg
▼本殿
竹生島神社jpg


同書には円空上人は「寛永九年(1632)に美濃国(現在の岐阜県)に生まれ、元禄八年(1695)七月十五日に同国(現在の関市池尻)の長良川河畔に入定した。生涯に十二万体の仏を彫ることを己に課して諸国を行脚し、最後は自らの死期を悟るや土中入定をもって、つまり納得の上で、円空は自らの生涯を締めくくった。」と書かれています。
▼伊吹山
伊吹山

元禄二年(1689)三月、円空は、湖北の伊吹山で特大の十一面観音像(像高180.5cm)をまた、この観音の守護神とみられる不動尊(像高99.7センチ)の二体を彫っています。菊池氏はこの像が伊吹山の神をおもってこれらを彫像したにちがいないと円空歌から一首引用しています。以下『円空と瀬織津姫』下巻を読んで見ます。

 伊福山法ノ泉の湧出る水汲玉ノ神かと思ふ(歌番612)
  (伊福山〔伊吹山〕法(のり)の泉の湧き出(いづ)る水汲む玉の神かとぞ思ふ)

円空は、伊福山=伊吹山には「法の泉」が湧出していて、ここには、その霊水を汲む最上の神(「玉の神」)がいると詠っている。円空にとって、仏法の霊泉を司る神、あるいは、霊泉そのものである「水汲玉ノ神」がいるのが伊吹山で、この山神(水神)は十一面観音に化身する神だという認識である。

この十一面観音像の背には上段に漢詩、中段に和歌、下段に彫像経過が記されていています(以下は、上段の著者の読下し)。

(起句)桜朶(おうだ)の花枝(かし)は艶(えん)にして更に芳(かんば)し
(承句)観音の香力は蘭房(らんばう)に透(す)く
(転句)東風(こち)は吹送(ふきおく)りて終(つい)に笑(しょう)を成す
(結句)好(よ)く莚前(えんぜん)に向ひて幾場(いくばくかのじょう)を定めん

全体を意訳的に再読してみるなら、次のようになろうか。

「桜の花枝は艶やかに垂れ下がり、芳しい香りを放っている。伐りだした桜木をおいた室内には、清く芳しい観音の香りが満ちている。(薬師の浄土である東方瑠璃光世界からは)東風が吹きわたってきて、この風に吹かれて観音は笑みの表情となる。筵(むしろ)に立てた桜木に向って、わたしは、今、観音を彫ろうとしている。生まれた観音をまつるささやかな場を、ここ(伊吹山)に定めんとおもう」(後略)

円空は上記のように各地で彫像をし、沢山の歌も残しています。著者は琵琶湖には円空が歌うところの水汲玉ノ神がいると書いています。

『東浅井郡誌』では竹生島弁財天は、古来諸種の神の異説があるとして蹈鞴姫命、市杵嶋姫命、宇賀御魂神、浅井姫命などを挙げています。著者は水汲玉ノ神と詠まれた神が、十一面観音像と習合する瀬織津姫神という女神であり、竹生島の本源神と考えていました。竹生島宝厳寺のHPの最初に書かれた「すべては天照皇大神にお告げから」文字は大きな意味があると考えています。天照大神荒魂は瀬織津姫神と伝わるからです。

また、著者は日本の古代信仰は、太陽神(男神)と月神(女神:水神)の並祭であったと捉えていましたので伊吹山にも二神の存在を考察しておりました。比叡山延暦寺のHPには比叡山は、東には「天台薬師の池」と詠われた日本一の琵琶湖と望むとあります。琵琶湖には弁財天のほかに薬師と習合する神(男神)がいると思われますが、その考察はまたの機会に。

ここで琵琶湖から、上野の不忍池に移ります。
上野清水堂絵図

不忍池石碑

上野公園内の不忍池は、面積3万2千坪を有する大池でありましたが、明治以後、池辺は埋め立てられ、現在では昔の約3分の2になりました。また地底には数ヶ所の湧水があって旱魃にも涸渇することがないといわれています。池の名義については諸説が伝えられています。古くは「しのばすが池」「しのばずの池」「しのわづの池」とも呼び、篠輪津池の字を宛てていました。篠が生い茂って輪の如く池を廻っていたからともいわれますが、『江戸名所図会』には「不忍とは忍の岡に対しての名なり」といい、略記にも五百年前から上野台地が「忍が岡」といわれ、不忍池と呼ばれていたとあります。(参考:台東区史上巻、不忍池辯天堂略記)

東叡山寛永寺不忍池辯天堂略記より
天海僧正が上野にお寺を建てた理由は、天台宗祖伝教大師(最澄)さまが滋賀県の比叡山を開いて延暦寺を創立(788)し、国家の安泰を祈る道場を作られたことにならったものです。関東の叡山という意味で東叡山といい、延暦寺と寛永寺の寺号は共に年号を寺号とされたのです。比叡山は琵琶湖の西方にそびえ、京都の鬼門に当たります。天海僧正は上野の山の麓に広い不忍池があるこのあたりの景色が比叡山によく似ている江戸第一の景勝の地として上野に寛永寺を建てたのです。不忍池の中ほどに、古くから小さな島があって聖天さまをおまつりしてありました。
天海僧正は、寛永寺を建ててから数年の後、水谷(みづのや)伊勢守勝隆公と相談して、琵琶湖の竹生(ちくぶ)島にならって島を築くことになりました。伊勢守は領地から大勢の人をつれてきて、上野の山の土を舟で運び、聖天島の東南方に僅か十日程で忽ち大きな島を築きました。天海僧正は、大変喜ばれ、伊勢守が島に建立したお堂に辯天さまをお祀りして国家の安泰と人々の福寿円満を祈念されました。
▼寛永寺
寛永寺
▼宇賀神像
宇賀神像

辯天堂縁起には、御本尊の八臂(はっぴ)辯天の頭上には鳥居があり、あごひげを生やした人頭蛇身の老人の姿をした宇賀神(農業・食物神)が祀られているとあります。龍や蛇(白蛇)は辯天さまの化身となり、巳の日が縁日とされたそうです。

『続江戸名所図会を読む』川田壽著には、寛永二年(1625)寛永寺を建立するとき、天海僧正が、琵琶湖にみたてて池の真中に小島をつくり、弁財天を祀ったのがはじまりといわれる。参詣する人は、舟を仕立てて渡ったが、寛文十年(1670)ごろ、参道ができて便利になった。『江戸砂子』に、紅白の蓮の葉が水面を覆ってまるで芝生とようだとある。と書かれています。

『神道大系武蔵国』には、篠輪(不忍)津池ニ瀬織津比咩ヲ崇、山王ノ霊社ヲ移シテ護国ヲ祈玉フ。如斯魔障ノ禍ヲ攘肥穣豐富ノ里ニシテ、後来日本第一ノ官府ト成コソ處コトハリナレ。
▼寛永寺奥の院
奥の院弁財天社

不忍池に瀬織津比咩をあがめ、山王霊社を移して護国を祈る。かくのごとく、わざわいをはらい、肥沃豊かな里にして日本第一の官府となるところとする。となりましょう。

琵琶湖の弁財天(水神)は、上野の不忍池でやっと本来の神の名を残したということになります。大祓いの神としての瀬織津比咩神は、大海原に罪や穢れを押し流します。天海僧正が不忍池に瀬織津比咩をあがめ、比叡山信仰を上野に持ってきたのも琵琶湖の信仰を熟知していた上での勧請と考えられます。しかし現在の寛永寺は、水神の弁財天と食物神の宇賀神を合わせて「宇賀弁財天」を祀っているとし、本来の弁財天に習合する神の姿を探すことは残念ながらできません。

円空が詠った琵琶湖の水神:「水汲玉ノ神」は、瀬織津比咩神だったのではないかとの菊池氏の考察はするどく、円空上人の信仰に寄り添う旅をはじめてみたくなりました。



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Re: 珍しい写真を 

ヨリック 様

ご訪問とコメントに感謝します。竹生島と不忍池の弁天様のご本尊の拝顔はかないませんでした。
不忍池の方は、御本尊の八臂(はっぴ)辯天の頭上には鳥居があり、あごひげを生やした人頭蛇身の老人の姿をした宇賀神(農業・食物神)が祀られているとありますので女体の弁財天の頭上に写真のような宇賀神のいる他にない弁財天像のようです。
ヨリック様が、連載している泉光院様の足跡も興味深いです。ご祭神と縁起の探求は、図書館に行ってもなかなか江戸時代まで遡れません。先日の伊射波神社に記述は、現在のご祭神にいない多岐津姫としている所は面白いです。こちらこそ今後ともよろしくお願い致します。

珍しい写真を 

とてもいい写真を載せて戴いてありがとうございます。
竹生島の弁天さまは見事ですねぇ。
不忍池には女体の弁天さまがいらっしゃったのではなかったでしょうか?
これからも宜しくお願いします。
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