瀬織津姫神

兵庫県:木梨神社

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兵庫県加東市藤田にある郷社の木梨神社の紹介です。

主祭神を八十枉津日神とする古社です。資料のみの以前ご紹介いたしましたが、やっと参拝できました。

木梨神社

木梨神社 由緒

明治四十五年に出版された「府縣郷社明治神社誌料」より

兵庫県播磨国加東郡福田村大字藤田の木梨神社(郷社)

ご祭神 
大直日神 八十枉津日神 表筒男命 神直日神 中筒男命 中津少童命 底筒男命 底津少童命 表津少童命

由緒
御神体は金紙幣帛に坐ます由、崇神天皇の御宇、丹波の玖賀耳御笠(クガミミカサ)の渠師謀反せしに依り、日子坐王をして
平定せしめ給ふ時、賊軍逃げて此里に来り、皆野中に身を隠せしかば、野を焼きて賊を亡せしに、皇軍忽病み臥せり、王太く患へ給ふ、時に八十枉津日神の御【言】【兪】あり、此里の東に醎(カン)水湧出づるを(今に醎水の湧出づる虚あり、此を藤田の醎水と云へり)汲み来て飲しめ給へば、病又忽癒えたり、於是王小祠を建て八十枉津日神・神直日神の三柱の神を鎮祭す、蓋是當社の創立なり、其後允恭天皇の皇子木梨軽太子(キナシカルノミコ)播磨に行啓の時、當社に住吉大神海童大神を奉祀し給ふ、因りて宮名を木梨神社と稱す、(後略)

木梨神社の由緒では崇神天皇が丹波の玖賀耳御笠(クガミミカサ)の渠師謀反を平定する時、野に隠れた賊軍を野を焼き亡した後、「皇軍忽病み臥せり、王太く患へ給ふ、」とありますから、相当に悲惨な戦いだったと考えます。
そこで託宣したのが、八十枉津日神で醎(カン)水の湧いている場所を教えます。醎(カン)水とはしおからい水と「広辞苑」には書かれています。この醎水により、たちまち病が癒えたとあります。

『日本書紀』の崇神天皇の条をみてみましょう。
崇神天皇五年に国内の疫の病多く、民(オオミタカラ)は大半は死亡して徳を以って治めることが難しかったとあります。この後、天照大神・倭大国魂の二柱神を天皇の大殿の内に並祭します。しかし、其の神の勢いを畏れて大殿の内で神と共に住むことが出来ませんでした。そこで天照大神を豊鍬入姫命に託して倭の笠縫村に祭ります。日本大国魂神(やまとおおくにたまのかみ)は淳名城入姫命(ぬたきのいりびめのみこと)に託して祭りますが、髪落ち體瘦(やすか)みて祭ることが出来ませんでした。七年の春にはしばしば災いがあり、八十萬の神をつどいて再度占います。すると倭迹迹日百襲姫命(やまとととびももそひめのみこと)に神懸りして「天皇、何ぞ国の治まらざることを憂える。若し、能く我を敬ひ祭らば、必ず當(まさ)に自平(たひら)ぎなむ」と託宣します。天皇は「如此(かく)教ふは誰(いずれ)の神ぞ」を訊ねると「我は是倭国の域(さかひ)の内に所居る神、名を大物主神と為ふ」と答えます。そこで教えのままに大物主神を斎祀ります。しかし、験がなかったとあります。その後、再度祈ります。すると夢に一人の貴人が自らを大物主神と名乗って云われるには「天皇、復な愁へましそ。国の治らざるは、是吾が意(こころ)ぞ。若し吾が児大田田根子を以て、吾を令祭(まつ)りたまはば、立(たちどころ)に平ぎなむ。亦海外の国有りて、自づからに帰伏ひなむ。」と託宣しました。その後、秋八月には穂積臣の遠祖大水口宿禰等の三人が同じ夢の中で神の託宣を聞きます。「大田田根子を以て、大物主大神を祭ふ主とし、亦、市磯長尾市(いちしのながをち)を以て、倭大国魂神を祭ふ主とせば、必ず天下太平ぎなむ」と。このように祭祀を行うと疫病始めて終息して国内がしずまったと書かれています。

木梨神社2-1

木梨神社 拝殿

木梨神社 拝殿の額

木梨神社本殿

ご祭神の八十枉津日神とは、荒祭宮の神、瀬織津比咩神のことであると『倭姫命世紀』下巻にあります。

荒祭宮一座 御形鏡坐
  皇太神宮荒魂。 伊弉諾大神所生神 
  名八十枉津日神也
  一名瀬織津比咩神是也
伊勢内宮8

八十枉津日神を祀る神社はあっても託宣する神という伝承と物部八十手が祀ったいう由緒も興味深く思いました。
氏子の方が親切に「多田池」を案内して下さいました。池は木梨神社より東に300mくらい離れた場所にありました。
伝説では、摂津の毘陽池のそばを通りかかった巡礼が若い女から小さな文箱を託され、多田池までやってきて箱を開けると小さな蛇がすべり落ち、それが、数十年後、大蛇になって人を呑みこむ様になります。以下は案内板(多田池の伝説)に書かれています。大蛇がやられてのたうちまわったのが、「蛇ころび」という場所(池の背後)で今でも草がはえてないことや「多田池」が神社の場所近くまで広かったこと、また、池の周辺の田は、酒米として作られて山田錦というお酒の原材料になっていることなど教えていただきました。

最後にご案内いただいたのが近くの闘竜灘でした。加古川中流に位置し、竜の躍動に似たことで名が付いたといわれ、川には奇岩や怪岩が起伏しています。    S様、大変お世話になり、ありがとうございました。
闘竜灘1

闘竜灘2

瀬織津比咩神については『エミシの国の女神』『円空と瀬織津姫』『八幡比咩神とは何か』菊池展明著に詳しく書かれています。
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