瀬織津姫神

大野湊神社と櫻谷:石川県

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大野湊神社の紹介です。

石川県金沢市寺中町ハ163  

現在のご祭神は
本殿 八幡社 護国八幡大神 相殿鎮魂八神
    神明社 天照皇大神 相殿 瀬織津姫神
    佐那武社 猿田彦大神(佐那武大神)
境内社
   春日社 武甕槌命 経津主命 天兒屋根命 比咩大神
   西宮社 事代主神
   白山社 伊邪那岐命 少彦名命 天満宮
   荒魂社 荒魂大巳貴神
▼大野湊神社
大野湊神社鳥居

大野湊神社拝殿

大野湊神社由緒jpg

石川県神社庁HPの大野湊神社由緒は以下のように書かれています。

大野湊神社は、神亀4年(727)陸奥の人、佐那(さな)が航海中に猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)の出現を感じ、海辺の大野庄真砂山竿林(おおのしょうまさごやまさおのはやし)に存していた神明社の傍らに一祠を建立し勧請したことをその創祀としている延喜式内社(えんぎしきないしゃ)です。
この神明社、即ち天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)を奉斎した社の創立年代は不詳ですが、おそらく飛鳥朝時代であると考えられています。
この猿田彦大神を合祀してより、天平元年(729)には天に達し「佐那武大明神」(さなたけだいみょうじん)の称号を賜りました。

神社庁の紹介では、瀬織津姫神の鎮座を確認することが出来ませんし、風琳堂の全国瀬織津姫をまつる主要神社リストの中にも石川県は2社(瀬織津姫社・市姫社)のみでした。
▼神明宮(本殿に向って左側)
大野湊神社神明宮

佐那武大明神が猿田彦大神という説に異論を唱えたのが、大正十三年に発行された「石川縣石川郡神社誌」(発行:石川縣神職会石川郡支部)【以下神社誌という】で当社祭神を猿田彦大神となすことは当らずということ信じる旨を記載しています。

「石川縣石川郡神社誌」大正十三年発行を読んで見ます。
佐那武明神の號は佐那なる者が猿田彦神を勧請したるよりの称号に有らずして其の以前より大野郡海邊佐良嶽竿林に鎮座ありしより佐那嶽明神と称したるなりと得べきが如し。而して祭るところの神は天照大神(荒魂)なり。さらば佐那嶽大明神の称号は天照大神を主祭神とする佐那嶽明神を尊崇してのことなりと見るを當れりとすべし。天照大神の荒魂は即ち瀬織津姫神にして毎年八月一日海邊に於て祭祀の執行せらるるに見ても瀬織津姫神の主祭神たること明白なり。但し当社祭神瀬織津姫命は戸板村櫻谷社を合祀したる為、増加せるが如く思考さるれど往古よりの鎮斎なることは(天照大神の御名によりて)疑ひなき事に属す。

「金石町誌」には佐那が夢から覚めて急いで船を港に寄せ陸に上がれば、深林の眞砂山に竿の林があって神鈴を聴いて瑞祥ありとして神明宮を鎮斎したとあります。

地主神として祭られてきた佐那嶽大明神の神霊が現れるときには神鈴の瑞祥があったようです。『神社誌』は神明社の神として祭られた天照大神(荒魂)は、瀬織津姫神で大野湊神社の主祭神は、瀬織津姫神と主張しています。最後に櫻谷社からの合祀があったことが書かれていましたが、現在でも宮司様が櫻谷社の祭祀を続けられています。宮司様はちょうどお留守で「櫻谷社から瀬織津姫神が合祀されましたね。」と神職様にお聞きしますと「自分は行ったことがないけど住所だけなら分かります」とのことで住所をお聞きして櫻谷社へ向いました。小さなお宮さんでしたが、きちんと管理されていました。
▼櫻谷神社
櫻谷神社鳥居

櫻谷神社社殿

桜谷神社について

大野湊神社は、現在も本殿の神明社のご祭神を天照皇大神 相殿 瀬織津姫神とされている貴重な神社です。この祭祀は伊勢の地主神の祭祀の形そのものです。

最後に櫻谷について触れておきます。
「佐久奈度神社之記」によりますと「桜谷」は、公の災厄を祓うために天智天皇大津宮八年に右大臣中臣金連が滋賀県瀬田川の八張口で大祓詞の初期創作をしたと伝える祓之地です。この地は近江湖水の落出場所であるから八張口と云われたようです。中臣大祓では、高山の末、短山の末とは櫻谷北側鹿飛という所の東の峯を短山の末と云い、西の峯を高山と云い、その麓に鎮座するのが佐久太理神社でその両峯の下を櫻谷と云い、往古は忌伊勢と云う。
拾玉集慈鎮和尚の歌(撰者柿本朝臣人磨呂)には

匂テルヤ櫻谷ヨリ落瀧津波モ花咲宇治ノ網代木
▼佐久奈戸神社から見える瀬田川
佐久奈度神社から瀬田川を見る

とあり、櫻谷から落ちてくる急流を瀧と表現しています。この瀧によって総ての罪や穢れを大海原に持っていく大いなる水の力が瀬織津比咩という神のご神徳とします。佐久奈度神社では瀬織津比咩はかって一柱で祀られていましたが、現在では四柱の神が祓戸神と語られています。
「佐久奈度神社之記」には、往古は忌伊勢と云われていたとあり、『近江国風土記』では伊勢の佐久那太李(さくなだり)の神を忌みて、瀬織津比咩を祭れり。と書かれていました。確かに瀬織津姫神は伊勢の神でもありましたし、往古、伊勢は桜宮とも呼ばれていました。

大正十三年に主祭神は瀬織津姫神で佐那嶽大明神と同神と語った神職の方々の主張は、現由緒には反映されませんでしたが、天照皇大神の相殿として瀬織津姫神祭祀が残り、合祀されながらも櫻谷社が残され、大切に祭祀を続けてられていることをお伝えいたします。

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~ Comment ~

Re: 金澤の記事 

ヨリック様

金沢に行く前に過去の記事も丁寧に読めばよかったですね。

森八の銘菓「千歳」のお菓子、石川県物産展で食べてみたいです。

ゆっくり読ませていただきます。ありがとうございました。

金澤の記事 

Res.ありがとうございます。
もし既にご覧いただいたかも知れませんが、ワタクシのブログで金沢関連のものは次の日付のものです。もしまだでしたらご覧くだされたくお願いします。
2011年6月12日が第1回で、発端。6月29日が第8回・氷室饅頭、
7月1日、第9回辰巳用水、7月26日、第15回、ヨリックの勤め先。
8月1日、第16回、伯牙断琴、8月28日、第22回、芝生。
9月1日、第23回。太郎、 9月29日、第27回、レコードコンサート、
10月1日、第28回、音楽連盟、10月21日、第33回、金響、
2012年1月4日、第34回、兼六園2、1月30日、第39回、魚半、
2月16日、第40回、金澤合唱団、2月26日、第42回、ローゼ、
3月4日、第43回、ちとせ、3月25日、第44回、聖書と古事記、
5月26日、第45回、聖書と古事記2、 7月20日、第46回
西福寺。
2014年7月25日~8月31日、ヨリックの金澤、全部で5回
というのがワタクシの金澤関係のブログ記事です。
ご覧いただければ幸いです。

Re: 相撲とお醤油と座り込み 

ヨリック 様

返信が遅れて申し訳ございません。コメントをいただき、ありがとうございます。
北陸新幹線開通で金沢が一番人気というのは存じていましたが、予想以上に洗練された町で驚きました。
田舎暮らしをしているとどの町も都会に感じますが、金沢は緑も多くゆっくり散策したい町でした。

ブログの佐那嶽大明神と伝えられていた瀬織津姫神ご祭神の櫻谷神社の周辺は港に近い平地でした。
帰りの時間が気になり、佐那嶽という地名が残っていないかを地元の方にお聞きすることや地名辞典での確認を怠りました。
ヨリックさんのブログのように丁寧にご紹介出来るように頑張ります^^

石川県に行って食べたのは、富山県名物の押し寿司でした。思い返すと押し寿司ばかり2日間食べていました。
食の文化の追求も面白いですね。

♪若者よ体を鍛えておけ、美しい心が逞しい体にからくも支えられる、その日のために体を鍛えておけ♪という歌

若者ばかりではなく、後半の人生にもこの歌は必要ですね。

相撲とお醤油と座り込み 

大野湊神社の丁寧な説明、ありがとうございます。
金澤に住んでいたのに泳げないワタクシは大野・金石の方面にはあまり足を向けたことはありませんでした。
金沢市の中学校(旧制)の相撲大会が毎年5月に海岸で行われるので、その応援に(市内の学校から往復徒歩で)行きました。
終戦後、食料が全くないとき大野へ行けばお醤油を作っている、というので買い出しに行き、わずかしか買えないので海水も一升瓶に入れて持ち帰りました。
昭和27年ころ、アメリカ軍の砲弾試射場として接収される、というので反対運動で砲弾の着弾地点に座り込みに行きました。
♪若者よ体を鍛えておけ、美しい心が逞しい体にからくも支えられる、その日のために体を鍛えておけ♪という歌を歌って座り込んだのでした。
朝鮮戦争というのがあって、日本で製造した砲弾の品質管理をアメリカ軍がこの場所でやって、日本製砲弾をアメリカ軍が朝鮮でブッパナシタのでした。
時には金沢へ行くこともあるワタクシです。見せて戴いた大野湊神社の界隈へ行ってみようかと思いました。
管理者のみ表示。 | 現在非公開コメン卜投稿不可です。

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