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【  2012年09月  】 

金剛山 報恩寺

第17番 金剛山報恩寺

2012.09.28

 国東市武蔵町大字麻田にる金剛山報恩寺の紹介です。六郷満山末山末寺 本尊 阿弥陀如来天台宗延暦寺末養老年中仁聞菩薩の開基と伝えられ、本尊の阿弥陀如来像は仁聞菩薩が自ら刻んだと伝えれられています。鎮守は三所大権現で祇園牛頭天王石社と稲荷大明神石社があります。附近の古い寺院と同様に大友氏の兵火に罹り堂塔は烏有に帰しましたが、諸仏の尊像は事なきを得たようです。元和年間権律師可春上人が再興し、今日に至ってお...全文を読む

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医王山丸小野寺

第16番 医王山丸小野寺

2012.09.26

 国東市武蔵町大字丸小野の医王山丸小野寺の紹介です。六郷満山中山末寺 本尊 不動明王 天台宗延暦寺末『武蔵町史』を読んでみます。由緒当山は六郷満山に属し、中山の末寺である。したがって養老年間仁聞菩薩の開基であり、往昔は当村字岡にあり、始めは中山東光寺と号していた。大友の争乱にあい、その後久しく亡廃してその星霜幾許を経たかを知らない。と当寺の由緒には記してある。寛文年中に至り、字大東の生れ大楽院豪全和...全文を読む

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大聖寺

第28番 治地山大聖寺

2012.09.20

 国東市大字来浦の治地山大聖寺の紹介です。 大聖寺は天台宗の寺院で本尊は不動明王です。 創建は延文三年(一三五八)に宗慧上人によって開基したと伝えられています。 その開基にまつわる哀話が来浦の若宮八幡宮縁起に記されていますので紹介します。(資料:『国東六郷満山霊場めぐり』渡辺克己著より) 鎌倉に住む二階堂左京之進という武勇に秀でた武士が将軍足利義詮の命で、筑紫の強賊退治に派遣されたが、戦い利あらず左京之...全文を読む

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岩戸寺奥ノ院

第26番 石立山岩戸寺

2012.09.17

 岩戸寺の参道を登ると改修中の講堂が見えてきます。藁葺屋根の趣きのある講堂はもう見ることが出来ません。講堂を過ぎると正面に薬師堂があります。元はここが本堂でした。県指定文化財になってコンクリート造りの収納庫になりました。木造薬師如来像は榧の木をもちいた一本造りで仁聞菩薩の御作と伝えられています。▼薬師像(お堂は鍵がかかって中に入れませんでした。)▼六所権現社▼拝殿中▼鬼岩屋(天ノ岩戸寺と呼ばれたのはこの...全文を読む

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第26番石立山岩戸寺

第26番 石立山岩戸寺

2012.09.16

 国東市大字岩戸寺の石立山岩戸寺(天台宗)の紹介です。岩戸寺は六郷満山で最も古い国東塔があり、今も修正鬼会が続けられている数少ない寺院の一つです。参道の入口では県の重要文化財に指定されている仁王像が迎えてくれます。銘文では文明十年(一四七八)の造立です。案内板より六郷満山末山本寺。養老二年(七一八)、仁聞菩薩の創建と伝えられている。寺名は、仁安年間(一一六六~六八)『六郷二十八山本寺目録』に記されて...全文を読む

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瑠璃光山萬福寺:来死海薬師

古寺

2012.09.15

 国東市国見町櫛海金クソにある瑠璃光山萬福寺の紹介です。宗派は曹洞宗、本尊は薬師瑠璃光如来(県指定重要文化財)『国見町史』の由緒縁起より養老二年(七一八)正月一五日〔薬師如来〕が海底から出現し、しばらく丸隅に鎮座し、その後今の寺中に移した。大和国の僧華厳菩薩がこれを聞いて、自ら點眼導師となり寺を建立し、萬福寺と号した、と伝えらえている。脇侍の日光・月光両菩薩は行基菩薩の作といわれ、近村八ヶ村の氏仏と...全文を読む

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史跡 鬼塚古墳

古墳

2012.09.14

 国東市国見町大字中にある鬼塚古墳のご案内です。 造営年代 6世紀末 出土遺物 刀・鏃(ヤジリ)・金環・ガラス玉      須恵器:坏(つき)・高坏・坩(つぼ)・平瓶(ひらか)・提瓶(さげべ)             土師器(はじき:壺) 鬼塚古墳は、11基から成る西山古墳群の一つで、線刻壁画のある装飾古墳として知られている。石室の構造は、大形の石材を用いた単室の横穴式石室である。兵陵傾斜面に立地す...全文を読む

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千燈寺の鬼伝承と仁聞菩薩のお墓

第23番 補陀落山千燈寺

2012.09.13

 旧千燈寺の奥ノ院には仁聞菩薩の入寂の地がありました。近くには仁聞国東塔やお墓もあります。▼仁聞菩薩国東塔▼仁聞菩薩の墓▼千燈寺のご住職様のお話では3つの石に囲まれた所がお墓の位置ではないかと伝えれているそうですが、「豊鐘善鳴禄」を読んで盗掘に来た人がいて墓周辺が荒らされたことがあったそうです。▼供養石塔鬼伝承(案内板より)昔、鬼が人間に生れかわりたく権現様と約し 一夜に千の塔を寄進することとした鬼は懸...全文を読む

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千燈寺奥ノ院から五辻不動堂へ

第23番 補陀落山千燈寺

2012.09.06

 六所宮と扁額にある鳥居から参道を歩くと旧千燈寺では一対の仁王像の石版が迎えてくれます。▼六所宮鳥居▼旧千燈寺仁王像▼千燈寺奥ノ院▼枕石屋 仁聞菩薩の枕ここにあり(「注進目録」)仁聞菩薩入寂の地と伝えられています。▼六所宮跡 中野氏は『古代国東文化の謎』のなかでここが瀧本岩屋と書いています。「注進目録」には瀧本岩屋の説明で仁聞菩薩の御自筆の如法経この岩屋に奉納すとあります。(国見町史より)▼五智岩屋の案内...全文を読む

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東北海の龍王が献灯した伝承地―千燈寺

第23番 補陀落山千燈寺

2012.09.05

 国東市国見町大字千燈のある補陀落山千燈寺の紹介です。六郷満山中山本寺 本尊 千手観世音菩薩『古代国東文化の謎』中野幡能著で中野氏は千燈寺の近くの伊美郷が、紀伊半島の熊野の那智と瓜二つのように似通っていると表現しており、那智が補陀落の浄土であり、六郷山信仰も宇佐に発して峰々を修行し千燈寺でクライマックスを迎える。これを表すのが不動山不動崫の五智の修法であり、補陀落の浄土を表すものが、五輪の塔群である...全文を読む

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