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【  2012年02月  】 

塚原の鬼伝承と霧島神社

古社

2012.02.28

 由布院の盆地から北の峠を越え、由布岳の裏側に回ると塚原があります。『大分の伝説49』梅木秀徳・辺見じゅん著より引用。塚原の名の起こりは古墳群で、九十九塚と呼ばれる。 昔、ここは神と人と、神に仕える鬼たちが仲良く平和に暮らしていたが、いつしか鬼どもが平和を破り、人を襲うようになった。神々は鬼を追い払おうと鬼族を呼び「一夜のうちに百基の塚を築いたら、この地をお前たちにまかせよう。できなかったら立ち去れ...全文を読む

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塚野霊泉―妙見像

妙見

2012.02.27

 大分市の霊山の麓にある塚野霊泉に行ってきました。霊山は『大分の伝説』梅木秀徳著には以下のように書かれています。 昔、この麓に狩りの好きな豪族がいて、ある日の夕暮れ時、この山中に異光を発する場所を見つけた。近づくと、十一面観音像がある。さっそく草堂を造って安置した。推古天皇の世、インドから那伽という僧が、中国を経て渡来、この山をながめて驚いた。「なんと不思議な山だ。西域の鷲の峰(釈迦が説教した霊鷲山...全文を読む

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八坂川のかっぱ

河童伝承

2012.02.26

 『大分の伝説』大分合同新聞社梅木秀徳著より太吉という子供が八坂川の堤防を夕暮れに歩いていて、カッパに相撲を挑まれたあげくに肝を抜かれた。ふ抜けになった太吉の仇をとろうと考えた父親の太助は、一計を案じて雌牛を連れて八坂川に行く。牛の尻を川に向け、それにまたがって待っていると、やがてカッパが水から出てきて、目の前に人の尻があるので手を伸ばした。とたんに太助はくるりと牛の腹の方に回ったので、カッパは間違...全文を読む

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元宇佐宮の仏さま

古代八幡信仰

2012.02.23

 宇佐神宮の駐車場近くに元宇佐宮にあった弥勒菩薩像と阿弥陀如来像が祀られています。宇佐託宣集によりますと神亀2年(725)八幡神小倉山に遷座、八幡神は託宣して薬師・弥勒2仏をまつり、日足に弥勒禅院を建て、法連が別当となります。天平9年(737)日足の禅院を宇佐神宮社殿の西に移し、弥勒神宮寺を建立しました。明治の廃仏毀釈により宇佐宮にあった仏様は神宮より外に出されました。▼極楽寺の山門を入って右に行く...全文を読む

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日出町二の丸館のひなさま

観光情報

2012.02.19

 今、大分県では各市町村で雛めぐりができます。日出町の二の丸館でも広いホールに雛さまが、飾られています。城下町日出のひなまつりは2月11日から3月4日までです。的山荘他でも見ることができます。▼河童の人形見つけました^^▼由布院で染め物をしているきち工房さんの作品もここで買うことができます。山桜の枝から綺麗なさくら色が出たと聞きました。岩手生まれの素朴なご主人が染めた手ぬぐいは暖かな温もりに包まれてい...全文を読む

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第27番久保山長慶寺―准胝観音さんご存知ですか?

第27番 久保山長慶寺

2012.02.17

 国東町大字岩戸寺にある久保山長慶寺のご紹介です。長慶寺のご案内から一部読んでみます。総本山は比叡山延暦寺です。長慶寺の前身、前の名は養覚院といい豊後大野市三重町久保の里にありました。創建は建久年間・平安末期・今から約八百年前、開基は良圓法印、ときの豪族緒方氏の庇護のもと、隆盛を極めたと伝えらえております。故あって仁海上人養覚院をこの地に移し長慶寺と改称、明治十九年、そして時を刻み今日を迎える。 ご...全文を読む

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日野山岩脇寺と河童伝承

第3番 日野山岩脇寺

2012.02.14

 豊後高田市の日野山岩脇寺のご紹介です。第3番 日野山岩脇寺  豊後高田市大字田染字横嶺六郷満山本山末寺  本尊 阿弥陀如来日野山岩脇寺は、以前は日野岩屋と呼ばれ、六郷満山本山本寺の中で最も規模が大きい伝乗寺の末寺(境内由緒には延暦寺の直末)でした。開基は養老年中仁聞菩薩が中興の業を全うされたとあり、仏像経巻がおびただしい数あったと伝えられています。▼川沿いのこんもりした山のところが、岩脇寺のあるとこ...全文を読む

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おけ淵のかっぱ

河童伝承

2012.02.13

 杵築市大田に残るかっぱのお話が、桂川沿いの道路横にあります。この地域には昔からかっぱが住んでいたと伝えられ近くにはかっぱ像も残っています。桂川支流の岸名の川淵にあるかっぱ像のご紹介です。▼案内板には近くに滝があるように書かれていますが、今は見当たりませんでした。▼川の淵の洞穴に3体のかっぱ像があります。▼一番左端の女の子のかっぱさんは、遠くをみつめています。▼真中のおひげのあるかっぱさんは、なにやら大...全文を読む

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小城観音ご開帳

第18番 小城山宝命寺

2012.02.12

 国東市武蔵町の小城山宝命寺:小城観音のご開帳がありました。六郷満山末山本寺 本尊:六観世音菩薩 宝命寺は、六郷満山諸寺と同じく仁聞菩薩の開基となっています。特記すべきことは小城の観音様は由緒にもあるように海上安全のご利益があることです。以前、奈多宮でお会いした氏子の方からは、小城観音のところまで信仰が広くあったと云われていましたので海上安全のご守護も納得します。奈多宮の神のご神徳にも同様ことが伝え...全文を読む

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天念寺修正鬼会2

第9番 長岩屋山天念寺

2012.02.03

 天念寺後方の絶壁の岩場を古文書では龍門崫と呼んでいたそうで木彫仏が安置されていました。今は一尊もなく六郷満山の衰退とともに天念寺本堂に移されたそうです。平安時代から鎌倉時代にかけて制作された仏像が修験者の祈りの対象でもありました。国重文:阿弥陀如来像(鬼会の里に収蔵)本堂に県重文:釈迦如来像・吉祥天女像・日光・月光菩薩像が祀られています。1941年県下を襲った豪雨が上流の貯水池を決壊して氾濫し本堂...全文を読む

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長岩屋山天念寺:修正鬼会

第9番 長岩屋山天念寺

2012.02.02

 1月30日、豊後高田市天念寺で行われた修正鬼会のご紹介です。長岩屋山天念寺は、背後に奇岩や秀峰の山があり、天念寺耶馬とも云われております。又、古い記録には後方の絶壁の行場を「龍門崫」とも呼んでいたとあります。天念寺正面から右手に歩くと無明の橋が見え、不浄の者が渡ると崩れ落ちると伝えられています。一度登りましたが、行くまでに鎖をつたって登ったり、崖ぞいにななめ歩きしたりと結構大変でした^^天念寺とい...全文を読む

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成仏寺修正鬼会H24.1.28

第29番 龍下山成仏寺

2012.02.01

 1月28日に行われた国東町成仏寺の修正鬼会のご紹介です。龍下山成仏寺は開山当時は妙見山浄土院と称していました。開基は六郷満山諸寺と同じく仁聞菩薩による養老二年と伝えられています。寺名を変えた伝説がありますので『六郷満山霊場めぐり 宇佐神宮と三十三霊場殉拝の旅』渡辺克己著より引用します。寺の背後の山中、成仏寺奥の岩屋(清滝観音の下方の谷)の地獄谷と呼ばれているところに毒を吐く恐ろしい竜が住んでいて村...全文を読む

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